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いんぼう論について

2014/02/03 23:16
以前、有名な認知科学者の苫米地さんの本を読んでいてなるほどっと思ったことがありました。


苫米地さんはちまたで「イルミナティ」や「フリーメイソン」と呼ばれている人々と親交があるそうですが、苫米地さんいわく彼らは常に「自分達の子孫」のことを考えているそうです。そしてそのために「安定した世界」を残してあげることがもっとも子孫達のためになるっと信じているということでした。(だから彼いわく、彼らはそんな陰謀などを働くような人たちではなく、ただの「善良な人々」だっということでしたが。。)

私はこの一文を読んだとき、どうして彼らが911や湾岸戦争を起こしてまで、それらを「良いコトだ」と認識しているのかが氷解したような気がしました。


「安定した世界」、すなわち「安定した資産」を残してあげることが子孫のためになるっと本気で信じている彼らは、なにより「アメリカの安定」を志向しています。
そしてアメリカの安定のため、石油燃料や金などの「確固としたた価値」を大量に所有することに興味があるのです。

実は彼らはべつに「世界を支配しよう」などという「よくわからない権力欲」のために富を貯蔵しているわけではなく「自分達の子孫のため」という至極真っ当な目的のため必要な行動に忠実に従っているだけなのです。

たとえそれがアメリカ国民数万人を犠牲にしようが、イラクやシリアに住む人々が何万人苦しもうが、長期的に「自分達」が富を所有することが「世界のために」一番良いっと心の底から信じているのです。

つまるところそれは、自分達の未来のためにできることをするという我々の立場となんら変わらないのです。違いがあるとすればそれはたった一つ、子孫のためにできる「最大の貢献」が彼らに。。



より安定した世界を残してあげること







より多くの選択の機会を残してあげること



か、そのどちらが本当に子孫のためになるのか、その違いがあるだけなのです。


一つ問題点を挙げるなら、彼らの考える「子孫」の対象が非常に狭いという事が言えるでしょう。彼らにとっての子孫とは文字通り自分達の血肉をわけた親類縁者に限られます。しかしglobalな現代、多くの人にとって、「自分達の子孫」とは不特定多数の世界中の子供たちを指すことでしょう。

実のところ我々と彼らの立場を分けているのは、このたった一つ「モラルのレベルの差」があるだけなのです。


もう一つ、現在の状況の原因を挙げるとするなら、彼らの持つ「資産」に対する価値観が固定的だということが言えるでしょう。悲壮な民族背景のある彼らは資産などをなるべく金などの「固定された価値」のあるものに変えて持ち歩くことで有名ですね。
しかしそれが金であれダイヤであれ石油であれ、「限られている」ということを根拠に「価値を付与された資源」において豊かさを表現するには、他人と奪いあわなければなりません。社会の中における豊かさの定義とは結局、「やりたいことをやりたい時にする能力」の度合いで量られますが、彼らがそれを量るのに「我々全員が同意した価値」を追求する限りこの社会の構造は変わらないでしょう。なぜならそれらの資産はそもそも”欠乏”しているからです。


彼らはこの”欠乏”の実に95%以上を所有しているわけですが、しかしそれでも彼らは世界の支配者というわけではありません。それはバラク・オバマが彼らの銀行として機能していたゴールドマンサックスを解体したからとかそういうことではありません。
それは、太古の昔彼らが奴隷を数多く所有していた時代でさえ、”豊かさ”の定義は個人の選択の問題だったからです。


しかし現在、銀行の貯金額に一喜一憂し、お金という我々が共同で価値を認めた紙キレを信望し、ローンに嘆き、収入を他人と比べて嫉妬するような我々のうち誰が彼らの”恐れ”に根ざした富の収集活動を責める資格があるでしょう?


つまるところ彼らは。。 我々が
「”やりたいことをやりたい時にする能力”そのものを”豊かさ”としてみなさず、
モノを豊かさの物差しに選んでいる限り欠乏意識からは逃れられない」
っという我々が潜在的にもっている信念を現実に反映させるため、
そのための社会構造を支えるっという太古の昔に我々と交わした”契約”を忠実に履行しているだけなのです。


結局のところ、どんな時代にも一般大衆に知らされないレベルの政治的コントロールは常にありました。そしてそれは我々一人ひとりの承認がなければ存在することもできませんでした。裏を返せば我々側にも自分達の社会に対してそういった「陰謀論」と呼ばれるレベルのコントロールを設ける利点があったから彼らは存在しえたわけです。


ですから覚えておいてください。

野球のイチローやサッカーの香川選手はべつにイルミナティに打ち勝ったから夢を叶えられたわけではないということを。。

そして「社会や世界がどうであろうと自分にはまったく関係がない」っということを。。

「正義」や「悪」なんて存在せず、あるのはモラルのレベルの違いがあるに過ぎないということを。。

そしてもし世界を変えたければ、自分自身の”豊かさ”の定義を変えるコトがなによりの近道であるということを。。




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